「お疲れさまー」
「お疲れ様です」
 お疲れ様コールが飛び交う中、高崎は坂上に歩み寄った。
「お疲れ、龍」
 坂上が、にこやかに言う。
「いや、今日のシーンは何ー。走り過ぎだよぉ」
 高崎は、苦笑して、手扇しつつ、坂上へと近寄った。すると、後ろから
「高崎ー、お疲れー」
と、声を掛けて来た男がいた。
「あ、沖田さん、お疲れ様です」
 高崎は、軽く会釈を返した。
 砂漠の荒野で、ダブル主演をしている、沖田雅人である。
 作中では、高崎演じる真田朗人の先輩で、冷静沈着な岡元遥を演じている。
「いやいや、今日、マジありえないって。何テイク撮り直したか」
「監督が坪井さんですからねぇ」
 坂上が苦笑する。

 この回の監督は、坪井夏生。テレビドラマを撮らせれば、必ず好視聴率を叩き出す、ゴッドハンドと呼ばれているが、自分に厳しい分、他人にも厳しく、今日は走るシーンに対して、15回も撮り直しをかけたのだった。
 二人は、それぞれ、この作品以前からスターと呼ばれる位置におり、スタッフからも気を使われる立場にあったが、この監督だけは別で、容赦なく自分の気に入らない所にはNGをかけて来る。

「ビデオ主体の世の中になってよかったよな」
 沖田は苦笑した。
「フィルム時代には、かなりの量の無駄フィルムが出たから、ある会社は、監督のギャラからフィルム代をさっ引いたって言うぜ?」
「はー・・・」
 高崎は目を丸くした。
「しかし、沖田さんって色々よく知ってますねぇ・・・」
「お前よか、芸歴長いからな。何せ、三歳デビューだから」
 それは高崎も知っていた。自分が15歳でデビューした頃には、既に役者としての地位を固めていたからだ。
 年齢差は5歳。
 テレビの中のイメージでいると、きっとファンをなくすだろうな、というほど、彼はお喋りである。
 高崎の弟の立花へと、必要な時に流す芸能情報の半分は、この男の口から出ている。しかも、噂として話して来ることも、かなり信憑性が高い。
 よっぽど、レポーターになった方がいいのでは、と思う位だ。

 彼と直接会ったのは、この作品の顔合わせ。
 沖田は、数年前に演じた刑事役の影響で、クールな男、というイメージがついていたせいか、今回の岡元役も、初期はそんな感じに、となった様だった。
 が、2話目の台本に、沖田が待ったを掛けた。そして、付け加えられたシーンが、

『岡元は悪筆である』

 このテイストが入ったおかげで、岡元という人間に、単なるヒーローではなく、深みが出た、と高崎は感心したのだった。
「そういやさあ。この間、篠田猛に会ったよー。いやあ、人間変われば変わるねぇ・・・悪い方に」
「篠田・・・ああ、沖田さんが刑事役定着しちゃった作品の、相棒役やった人ですか?」
「そう。あのブレイクで、調子に乗っちゃってねぇ。俺がよせって言ったのに、ホステスに貢いじゃって。二年くらい前から姿見ねぇって思ってたんだ。一回、脚光浴びると、人間弱いからねぇ。何でも、俺は出来るって勘違いしちゃう」
 沖田は、軽く肩をすくめた。
 ずっと芸能界でやってきている人間。浮き沈みも、高崎の比にならないほど、見て来たに違いない。
「沖田さんにも、そんな時期があったんですか?」
 高崎は、それは知らない。素直に、聞き返していた。
「俺の場合、子役の内にガツンッてあったから、そんなに悲劇にはならなかったけどね。そういや、高崎には、そんな話はないなぁ」
 高崎はそうかな、という顔をして首を傾げていたが、側にいた坂上は苦笑していた。
「まあ、お前の場合、あの弟に迷惑かかる事は、絶対、しないだろうからな」
 沖田は、「絶対」の所を強調して、意味ありげに笑った。
「ところで」
「はい?」
「本当に、弟君、デビューする気、ない?」
 沖田は、よっぽど功の事がきになるらしい。たまに思いついた様に、こういい出して来るのだ。
「無理ですってば」
 高崎は即答した。功が、警官をやっている理由を二つ知っているから。

 死んだ父への憧れ。

 そして。


「憧れの先輩に、心酔してるんですから」


 功を惹きつける、男の存在。


 特に後者がある限り、功は警官を辞めないだろう。
「はあ・・・。何だか、ずっと片思い中だな・・・」
「思いっ切り誤解されるような発言ですよ、それ」
「おっと、レポーターいないよね?」
 沖田は、いたずらっ子っぽく笑った。
「二人は、この後のスケジュールは?」
 坂上は、手帳を取り出すまでもなく、答えた。
「明日、ロケで早いから、ありませんよ」
「あ、そうか。じゃあ、この後空いてるよな。飲みに行こうよ」
 と、高崎は目を丸くした。
「沖田サーン、明日もアクションシーンですよ? 大丈夫ですか?」
 坂上が声をかける。
「大丈夫。二時間だけ、な」
 二時間と言って、二時間だった試しがない。
「愚痴聞いてくれー」
 高崎は、ため息をついた。坂上も、沖田に手首を掴まれ、観念した。
「分かりましたよ・・・」

「・・・・ありがとうな」

 きっと、愚痴の内容は、篠田のことになるに違いない。
 高崎も、坂上も、沖田の聞き役にまわることにした。

「いい人なんだけど、絡むんだよね・・・・」

 高崎は、こっそりと坂上に呟いた。


 次の日、沖田は一人、二日酔いに悩まされることになった。
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